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2005年11月27日(Sun)▲ページの先頭へ
電網電影

電通と民放5社、ネットで映像配信へ: http://www.asahi.com/business/update/1127/001.html

だそうだ。
ついでにネットTVを大量に紹介しているサイトも挙げておこう。

イカす!ブロードバンド天国: http://ikaten.squidtv.net/

日本の民放5社はネットの世界でこれら有象無象の者どもと戦わねばならないという事になる。
また、国内の外国語教育が充実していけば、各国ネットテレビとの日本人視聴者の奪い合いが熾烈なものになっていくかもしれない。
外国居住の日本人をターゲットにすえて、外国からもスムーズに集金することができるような広告のあり方を模索することにもなるかもしれない。

テレビからネットへメインユーザーがシフトするにつれてこれらの問題は顕在化するはずだが、それが何時になるのかはちょっと見当がつきにくい。
配信と同時にすさまじいサーバリクエストが来るかもしれないし、いつまでたっても閑古鳥かもしれない。


ちなみに、こんなのもある。

政府インターネットテレビ: http://nettv.gov-online.go.jp/

2005年10月27日(Thu)▲ページの先頭へ
エポケーできない機械

哲学系の言葉でエポケーというのがある。
「判断するのを保留する」とか「判断するのを止める」という意味。

http://blog.melma.com/keyword/%A5%A8%A5%DD%A5%B1%A1%BC
http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a3330001.html

なんかに説明があるので参考にするといいかもしれない。

で、最近のプリンターやらデジカメなんかはエポケーすることを放棄している。
たとえば、『顔認識AF』とか『顔認識 プリンタ』なんかをキーワードにしてGoogleで検索するとそんな感じの商品がばーっと出てくる。
最近盛んにCMを打っているエプソンのプリンタなどは「顔を認識して自動で色調を補正します」というような感じで売り込んでいた。

色の話になるとウィトゲンシュタイン先生のようなドツボにはまる恐れもあるのでなんともいえないのだが、少なくとも、このエプソンのプリンタは元々デジカメに記録されていたデータを改竄して出力していることは確かだろうと思う。

こうなってくると、写真が記録では無くなってくるよな、とか思う。


2005年10月21日(Fri)▲ページの先頭へ
そばとスパゲッティー

ちょっと前まで通っていた立ち食い蕎麦屋で、店主のおっちゃんとテキトウな事をよく喋ったりしていた。
格好よく言えば常連さんだったのだ。

その蕎麦屋、えらく個性的だった。

注文をするんではなくて、食券を買うタイプだったのだが、それが随分とテキトウで、『たぬき蕎麦』のボタンを押すと「わかめうどん」という食券が出てきたりする。
でもって、おっちゃんに「食券違うの出てきたんだけど」といって食券を渡すと、「いいのいいの、わかってっから」と言われるのだった。

うーん。

で、「ごめんね、おどろかしちゃって、これサービスしとくから」なんつって、たぬき蕎麦にから揚げを1個入れてくれたりしちゃうのであった。

う〜ん。

食券の印字パターンを変えるためには内蔵されたROMの内容を変える必要がある。
つまり、新しいメニューを作るたびにROMの書き換えが必要なわけだ。
いちいち費用もかかるし、最近の券売機もみんなこうなんだろうか、ユーザーの事考えてないなぁ。

これがはじめてその店でそばを食べたときの感想。
甘かった。

しばらく通っておっちゃんと話をするようになった頃、券売機について話してみた。
「不便じゃないの?」とかね。
でもやっぱりおっちゃんは「いいのいいの、いちいち(メーカーに)電話するの面倒くさいしさ」と言う。
その頃はまだおっちゃんを甘く見ていて、ケチってるか、本当に面倒くさいのか、売り上げがないのか、とか思っていた。

さらに通うようになって、券売機の巧妙な仕掛けが分かってきた。

つまり、「券売機の前で首をひねっている客=ご新規さん」であり、新規顧客開拓モードのスイッチになっている、ということだ。

おっちゃんの言うとおり、不便極まりない券売機は「それでよかった」のだ。

思えば実に巧妙なワナである。
これが、『たぬきそば→食券:T098S』とかだったらあまり不思議ではない。
「T=TanukiでS=Sobaの098番目の注文かな?」とか思ったり、あるいは気にも留めなかったりするだろう。
『たぬきそば→食券:わかめうどん』だから皆が皆疑問に思うのである。(外人すら首をひねっていたほどだ)
そして、疑問に思う人間は皆ご新規さんなのだ。

さらに言えば、あまり流行ってなさそうな外観やテキトウに見える接客など、全てにおいてコンセプトのようなものが一貫しているのである。
それはもう、客に「たぬきがわかめに化けてもしょうがないな」と思わせるのに十分なものがあった。
駅中の変に小洒落たスープ屋なんかでこの券売機を使っていたら客が来なくなるかもしれない。
逆に、この店でしっかりした券売機を使っていたら客が来なくなるかもしれなかった。


ある日、蕎麦を食べた帰りにふと思ったのである。
これは組み込み系の商売だな、と。(もっと言えば、ハード系かもしれない)

たとえば、Webアプリでこんな感じのサービスを提供したとする。
もちろん、最終的には思いどおりの結果が出力される。
だが、ユーザーはどう思うだろうか。
nanigasi.htmlの「たぬきそば」チェックボックスにチェックを入れて「Submit」ボタンをクリックすると「http://〜/tyumon.php?wakameudon」にアクセスしたりするのだ。
でもって表示はしっかりと「ご注文は『たぬきそば』でよろしいですね?」とか出たりする。

もっと言えば、たとえばネットショップがこんな感じだったらどうだろう。
あまり信用されないんじゃなかろうか。

なんというか、そのほかにも全体的に組み込みっぽい雰囲気があったのだが、言葉にしようがないので、少なくともWeb系ではないよね、くらいで止めておく。
なんとなく、白黒赤黄青の配線がグチャグチャとスパゲッティーどころじゃない事になっているマイコンの姿が目に浮かんだのだ。(あるいは、白黒写真のENIACとか)
煩雑でどうしようもなく馬鹿馬鹿しく見えるけれども、愛嬌があって、とてもタフな感じがする。

//最近の組み込みは緑一色のキレイな基板の上で、また少し違った世界になっている。
//組み込みというのもちょっと不適切かな、とか、今思った。

2005年09月16日(Fri)▲ページの先頭へ


選挙も終わって自民党圧勝、おめでとさん、4年続くかどうか分からないけど。
民意を反映、なんて言うけれど、民が解散総選挙をさせたわけでもないしね。
ため息の多い職場でゲンナリしていた今日は花の金曜日。
週末まであと少し。

選挙前後のブログで選挙話のエントリがわらわらと現れた。
現れたのはいいけれど、なぜだか皆さん大上段に御構えになられがちなようで、下卑た政談が出てこないような気がする。
見た感じ、政党レベル・国レベルの御政談をなされているようで、そんなエントリを自分はTVのコメンテーターのようなふわふわした無責任なコメントアウトのように感じてしまうのだ。

自分の田舎は少子高齢過疎で自殺率も高いというある意味日本の有様を象徴するような土地なわけだが、そんな田舎では某党が「うちの党員に投票を、でも比例は自民で」とかいうお触れを出したとか出さないとかいう(噂)話があった。

なぜか知らないが、あまりネットでこういう話が出てこない。
ネットという公共の場に供するに値する話ではないと思うのかもしれないが、自分としてはこういう話こそネットで、と思うのだ。

2005年08月22日(Mon)▲ページの先頭へ


選挙。

共産党は「確かな野党」というスローガンを掲げた。
共産党自体の評価はさて置いて、このスローガンはなかなか良いとこを突いてきたと思う。
ある意味悲しいスローガンではあるが、確かな野党ができないほどにこの国の政治家の意思はある程度統一されているのだ、というメッセージが暗に含まれている気がするのは気のせいか。

テレビに出てくる刺客とか呼ばれている人を見ていると、郵政改革とやらで一儲けできそうな立場の人が多い気がした。根拠は無いけど。

小泉政権ができたばかりの頃は「改革=既得権益をぶち壊す」みたいなイメージを持っていたんだけど、最近はどうも「改革≒新旧メンバーの入れ替え」なんじゃないかと思い始めている。
そう思ってみれば、意見統一もできないような党の内部抗争で意見が通りにくかったというだけで国のシステムを動かされたわけだから、ずいぶんとぶっ飛んだ話ではある。

小泉先生の戦略的に優れたところは、郵政改革否定派の一部を党から離れさせることで郵政改革否定派全体があたかも少数派であるかのように見せた所だ。
そういう意味で、諸新党は見事に策略にはまってしまったかのように見える。
党となることで具体的な数字を出してしまったからだ。
自民党の内部にも少なからず郵政改革否定派は居るだろう。
居るだろうが、自民党から出ない限りはカウントされないような雰囲気もあるし、不安定な現状を鑑みてわざわざ脱党するほどでもないのかもしれない。
どうも小泉先生は集団を活用する術に長けているようだ。

ちなみに、結党した理由としてテレビなどでよく挙げられる政党交付金については
法庫:政党交付金の交付を受ける政党等に対する法人格の付与に関する法律:http://www.houko.com/00/01/H06/106.HTM
などを参照するといいかもしれない。

ダーウィン曰く「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」のだそうだが、自民党は今変化しているのかもしれない。

2005年08月09日(Tue)▲ページの先頭へ
自立的プログラミング

 XPという、プログラミング界の方法論がある。
プログラミングを含んだソフトウェアの世界は昔から「いかに失敗を避けて開発するか」に熱い視線が注がれていた。
様々な工夫の元で構造化手法などの「失敗しづらく保守しやすい」開発手法が出たり消えたりしながら、少しずつ発展して今にいたっている。
 最近はさらに「素早く開発」などという要求も出てきており、そういったニーズに合わせた開発方法論の開拓に力が注がれているようだ。

 つい先ごろまではXPと双璧をなす有名どころのUMLを主に見てきたのだが、XPにも興味があるので、少しずつ覗き見るようにしている。

 かいつまんで見ただけなので、間違いもあるかもしれないが、XPには『小さなリリース』や『イテレーション』などの細かな「作り方」の規定があるようだ。
さらに、売り文句としては『やりがいのある職場』などといった魅力的な文句が連なっている。
詳しくは「エクストリームプログラミング」とでもタイプして検索してもらいたい。

 とりあえずの感想としては、これは要するにプログラマの自治活動だな、ということ。
イテレーションを組んで小さなリリースを繰り返し、良質のソフトを生産したところで、かならずしも「やりがいのある職場」がついてくるものでもない。
重要なのは今のプロセスを変えることであり、現状を自力で変革することにあるのだろう。
もちろん現状を変化させようとすれば、問答無用で責任がともなってくる。
それに答えるための方法論がXPなのではないか?

 方法論はあくまで方法論であって、精神は方法論には記載されない。
とか書くとプログラマに嫌われそうだけど、そう思う。

2005年08月08日(Mon)▲ページの先頭へ
技能エリート

 高校野球の開会式を見て、入場してくる選手たちの立派さ具合にびっくりした。
立ち振る舞いやら表情やら、まさにエリートって感じだ。
なんか、伴宙太(ばん ちゅうた)と星飛雄馬(ほし ひゅうま)が泣きながら抱き合うイメージがあったんだけど、高校野球の彼らが泣きながら抱き合ったら西洋製のホモ臭い映画風というか、インモラルな雰囲気がしちゃってダメかもとか思う。

 調べてみたら、いわゆる「名門校」の野球部には200人近い部員がいるらしい。
うわ、野球って何人制のスポーツなんだっけ?
そりゃあ、まあ、こんなんじゃ高校野球の試合に出てくるレベルはエリートだわ。

 ということで、エリートの話。

 エリートと言うのは「選抜された人」みたいな意味で、まあ意味的には選抜されただけであって、選抜の仕方によっては能力が伴っているかどうかの保障はできかねる場合もあるかもしれないと思い始めている。

 ネットで文句をよく見かけるのが「○○大卒のクセに〜」的コメント。
「大学出=エリート=輝かしいキャリアパス=高い職業能力」のような単純明快なイメージから来るものだろうと思う。
これは理系・技能系の職業になればなるほど目立ってくる。
なぜだろうか。

 理由を自分なりに考えたり調べたりして思ったのは、大学の入り口から出口まで何処をとっても「技術畑が欲しいエリート」を生成するような仕組みにはなっていないのではないか、ということ。
というか、大学は研究者を育成する機関だったはずで、本来は職業教育をする場所ではないはずだ。
大学選択に「就職率」が関わってくるのはなんでだろう?
これじゃあ大学が職業教育をしているみたいじゃないか。

 少しずつ疑問の矛先を確かめつつ小学校から順繰りに「学習指導要綱」とやらを眺めて行くと、悲しいかな責任押し付けのたらい回し的構図がほのかに見えてくる(気がする)。
ついでに教育を受ける側が求めているものと与える側が与えているものの差とかも。

これは複層的で複雑な話だし、多分に色々な人のメンタルな所にもかかわる話で、個々様々で一概に言えない部分もあるし、どう書くべきか迷うところだけど、気が向いたら少しずつ出して行きたいと思っています。
ということでとりあえず

(続く)

 ちなみにエリートを生成と書いてますが、これはオブジェクト指向を強く意識していることを示すためにわざと書いたもの。
本心から人間を生成するとか思ってるわけではないです。あしからず。

2005年07月31日(Sun)▲ページの先頭へ
独考

家の本棚には大量の本が並んでいる。
100や200じゃきかないくらいの分量で、多分、人が住むスペースよりも本が占めるスペースの方が多い。
なにかしら考え事に詰まったらここにある本からテキトウに選び出して読んでみるのが習慣になっていて、これが意外と当意即妙なチョイスだったりすることも少なくない。

今はプログラム言語の根底にある思想について調べている、が、なかなかどうして確たる証拠になるような文献に出会えない。
古今のリファレンスマニュアルを探してみたり、プログラミングの古典的名著と呼ばれるものを漁ったりしてみたが、なかなかコレという著述が無い。
言語といえどもコンピューターを使う道具の一種なわけで、道具の説明書きに「道具を作った背景」やら「理屈」やらは必要ないのが普通なわけで、哲学関連のものとは毛色が違うのだ。
ここでやっと自分なりに思想と言語との間を埋めて行かなきゃいけない事に気がついた。
要するに、哲学者よろしく古今東西の思想を洗いなおしていく途方も無い作業が待ち受けているわけで、想像できないほど面倒くさい。
あまりの面倒くささにモチベーションは当然落ちた。

こういうときは、とりあえず1日は何も考えないようにして、気が落ち着いてきた頃にとりあえず本棚を探る。
(『とりあえず』って割り込みみたいで素敵だ)

で、見つかったのが廣松渉と言う人の『弁証法の論理 弁証法における体系構成法』という本。
「弁証法における体系構成法」という副題に、もしかしたらオブジェクト指向に関係するかもしれない、とピンときて、軽く胸がときめいた。

前書きを読むと、『伝統的な実態主義的存在感と即応する「実態-属性」の構制』だの、『「函数-変項」の構制を関係主義的な存在感に照応するかたちで導入』だの、あげくに(これはオブジェクト指向にはあまり関係ないけれど)『記号論理"術"』とまで書く始末。
目次には『所謂「分類」および「抽象」の実相』なんてのまである。
凄い!廣松渉はかなり熱いぞ!

2005年07月22日(Fri)▲ページの先頭へ
調弦

とうとう中国元にメスが入った。
100円ショップはどうなるという下世話で深い話題から、中国口座で一儲けを企むようなバブル気分が懐かしい話題まで、考えることはいくらでもある。

日本の製造業者にとってはチャンスになるかもしれない。
でも、日本がチャンスを生かせるような人材を育成してきたとはとても思えない。
人材が足りないからといって人材に代わるほどのロボットを作ってきたわけでもないしね。
だから、もしかしたら、中国の代わりになる国を探すだけかもしれない。
もしそうなら、ライブエイドとかバンド8とか言ってないで、早くアフリカを使ってやって欲しいと思う。
あと、サマワも。
(金を送るのは悪いことではない。でも、内地に立派な企業を作るほうがよっぽど良い。どれだけ難しかったとしても。ついでに言えば、アフリカは産油国で、その油を中国が狙っているらしい。)

話を戻そう。

国家レベルで製造業で労働すること自体禁忌にしたがってる傾向が少なからずあるんじゃないかとほのかに思う。
もしこれが勘違いじゃなかったとして、原因の一端が集団就職にあるんだとしたら、とか思ってみると、なんというか、言いようの無い気分になる。

ついでに言えば、プロレタリアートの悲哀を書き綴った文学も暗澹たるイメージの構築に貢献しているんだろうと思う。
小さい頃に見た蟹工船の表紙の恐ろしかったことといったら。
車輪の下では労働者になりきれなかった人間が銀河鉄道の夜に川を流れていく始末だ。

『そうだよ。今度こそ、このまま仕事していたんじゃ、俺達本当に殺されるよ。犠牲者を出さないように全部で、一緒にサボルことだ。この前と同じ手で。吃りが云ったでないか、何より力を合わせることだって。それに力を合わせたらどんなことが出来たか、ということも分っている筈だ』:蟹工船

あー、「エンジョイワーキンエフォートウィン」とか歌ってやろうか。
新世代の労働歌だ。

くらべてプログラマーなんて、字面から言って雰囲気が違う。
優れた文学者が生まれてないあたり、死ぬまで暇が無いのか、それほど厳しくないのかのどちらかに違いない。
(あ、オープン思想があったっけ)

もう、本当に、言いたいことは腐るほどあるけど、言いたいことが腐る前に書いていくのは大変な作業だ、なんてことを深く実感する今日このごろです。
皆様いかがお過ごしですか?

2005年07月11日(Mon)▲ページの先頭へ
アフェリエイト

アフェリエイトという面白い仕組みがある。
なら、もう少し面白くなるんじゃないの?という提案。

1)寄付
寄付先の選択肢はできる限り多くする。
団体を知るきっかけにもなるし、個人として気楽に寄付をすることができるはず。
煩雑な手続きはアフェリエイト広告主が責任を持って取りまとめる。
ついでに団体からのありがとうメッセージとかが送られてきたりするとやる気もでて良い感じかもしれない。
メッセージなど、寄付した人と団体との架け橋はやっぱり広告主が受け持つべき。

2)アフェリエイト収入分を売値から割引
これができれば、アフェリエイト商店的なサイトも出来得る。
他サイトとの差別化、「良い作品だからもっと沢山の人に見てもらいたい」という人など、ニーズは多そうな気がする。

3)広告する商品の作者へ収入を寄付
1の寄付先に入れたら面白いかもしれない。
現状の著作権ビジネスに疑問を持つ人へ、とか。
猛烈なファンにもいいかも。

・これらをAmazonなどのアフェリエイト広告大手がオプションとしてあらかじめ用意し、さらに、各オプションに対して自分のアフェリエイト収入の何%を回すかを設定できるようにする。

2005年07月02日(Sat)▲ページの先頭へ
ブログの編集

キャラクターショウビズ用に新しくカテゴリを作り、単純にエントリを移動した。
で、しばらくして、ふと思い立って『フリーキャラクター』と『フリーキャラクター規約』をgoogleで検索してみたら、なんでかこのブログが引っかかっている。
もちろん、エントリは移動してしまったわけで、googleのリンクを辿ると「灰色無地無記事のページ」になってしまっている。
これじゃあ、ダメだ。

ファイル名(20095088.htmlとか)は変更できないので移動したエントリを元に戻して、googleでチェックして、新しく作ったカテゴリ用に手作業でコピーした。
簡単に言えば、新しいエントリを作って本文をコピペした。

えらく手間がかかった上に、いちいち「なブログ」の新着一覧に出てしまうのも気に食わない。
他のブログはどうなのか分からないけど、なんとかできないもんだろうか、と思った。

2005年06月28日(Tue)▲ページの先頭へ
東京メトロ

友人にプログラム言語について思うところをグニャグニャと話した。
言語学に興味がわいてきたという話から始まって、生成文法、認知言語学、論理、記号論、オートポイエーシスに流れた。
パソコン周り、特にプログラム言語にかまけるあまり、その他の事に全く無頓着になっているのにほんのりと気が付いた。あぶないあぶない。

その後「NIKITAが面白いぞ」と本屋に立ち寄って、街行く素敵な艶女(アデージョ)を是非とも一遍見てみたいとか言いつつ、コレの男版はLEONかTarzanかとか考えつつ、手にしたTarzanの特集がメトロセクシャル。
で、このエントリはメトロセクシャルについて。

メトロセクシャルというのは、都会に住んでるゲイっぽいセンスのノンケの人のこと。
メトロ+ヘテロセクシャルでメトロセクシャル。

(アンチ?)
ヨダエリOnLINE:メトロセクシャルな人
http://www.ne.jp/asahi/yoda/eri/metrosexual.htm

(推進)
メトロセクシャル推進委員会
http://blog.livedoor.jp/metrosexual/

(米国アンチ)
海外ボツ!News:"メトロセクシャル"なボクたち
http://www5.big.or.jp/~hellcat/news/0407/16b.html

MetroSexual Quiz(Flash)
http://www.liquidgeneration.com/quiz/metrosexual_quiz.asp

最近の日本ではゲイが嫌悪の対象から少し外れた感じがあるので、メトロセクシャルという言葉の嫌らしさはそこまで伝わってこない。
(ヘテロセクシャルという単語が無名すぎて、ヘテロとバイの対比が分からずに「都会のセクシャル」とか読まれそうな気がするし)
「メトロセクシャル」の嫌らしい使い方としては海外ボツ!Newsなんかが非常に分かりやすいと思う。
ついでに見つけたMetroSexual Quizも相当にアレな扱いをしている。


アデージョとコヤジが闊歩し、メトロセクシャルな子供がブラブラする国。
クールか?

2005年06月17日(Fri)▲ページの先頭へ
手のひらを太陽に

ある波長の近赤外線は生体を通過する。
でも、ヘモグロビンはこの近赤外線を遮るので、受像する画像には血管だけが黒く映る。
これが指静脈認証技術のコア技術。
全部が全部この技術をつかっているわけじゃないとは思うけど。

指静脈認証機能付キャッシュカードを売りにする銀行があるが、そこまでしてまったらキャッシュカードっていらないんじゃないか?
あえて必要があるとすれば、指静脈のデータをカード上に保持させることで個人情報保護法対策になっているのかも、と思う。

良いとも悪いとも思わないが、自分は作ろうとは思わない。
そんなに金持ってないし。

2005年05月22日(Sun)▲ページの先頭へ
桃栗三年

マンゴーは種から育てると6年はかかるらしい。

『マンゴーの木は常緑高木で、樹高は40メートル以上に達する』ウィキペディア

ウィキペディア マンゴー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%BC

2005年05月13日(Fri)▲ページの先頭へ
キャラクターショウビズ(2)

この文章の主要な論点はキャラクターとその著作権の関係である。
したがって、以下の文章において各作品についての感想や意見は一切書かない。

先の文章で取り上げた『愛の妖精ぷりんてぃん』の「フリーキャラクター」は注目に値する概念ではあるが、実はすでにフランス人のアーティスト、ピエール・ユイグ氏とフィリップ・パレーノ氏によって近い思想がアートとして発表されている。

詳しくはWiredの記事『日本アニメの影響濃いサンフランシスコ近代美術館の展示』を見てもらいたい。

日本アニメの影響濃いサンフランシスコ近代美術館の展示: http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/culture/story/20021219202.html

ピエール・ユイグ氏とフィリップ・パレーノ氏は『攻殻機動隊』のキャラクター「アン・リー」のデータと著作権を買い取り、さまざまなアーティストにアン・リーコラボの作品を制作させた。
その後『アン・リーは「最期」を迎え』、『特別の棺に入れられて「埋葬」される』。
最期を迎えたアン・リーは『(アーティストたちが)アン・リーの著作権をこのキャラクターのためだけに存在する法人『アン・リー協会』に譲渡』して『以降アーティストたちがアン・リーをデジタル・モデルとして使った作品を制作できない』ようになる。

アン・リーが選ばれた理由は『比較的安かった(4万6000円)』からである。
これは、彼らが十分な資金を有していたら草薙素子などのメインキャラクターが合法的に「殺害」されたであろう可能性を示唆している。
(つづく)

関連サイト
日本アニメの影響濃いサンフランシスコ近代美術館の展示: http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/culture/story/20021219202.html
攻殻機動隊: http://www.kokaku-s.com/

キャラクターショウビズ

この文章の主要な論点はキャラクターとその著作権の関係である。
したがって、以下の文章において各作品についての感想や意見は一切書かない。

『愛の妖精ぷりんてぃん』というサイトがある。
主催者の個性が色濃く出ているサイトで、某大規模掲示板で紹介されたことをきっかけに一時期はやったようだ。
実際にサイトを見ればどういう経緯をたどったのか(わかる人には)わかると思う。

愛の妖精ぷりんてぃん: http://www.takamagahara.com/printin/

『エンジェルの皆様からの投稿作品』などがわかりやすいだろう。
ようするに、面白半分の人間が大量に流れ込んでしまったのだ。
普通のサイトだったらここで気力が萎えてしまうところだ。
しかし、愛の妖精ぷりんてぃんを管理している「いざなぎ元一」氏は機知に長けていた。
数多のイタズラとしか言いようのないような落書きども(中にはかなり高いレベルのものもある)を利益に還元する方策を打ち出したのだ。

いざなぎ氏は全てに対して愛をもって寛容に接した。
(大半が悪意に満ちているように見える)数多いイラストや、(面白がって)未女子日女(「みめこひめ」と読む)のメッセージをアレンジしたものなど、普通のサイトであれば嫌うような内容の作品たちを「エンジェルの皆様の作品」として全て受け入れた。
それだけではない。
キャラクターや音声データなどを「オープン素材」として無償で提供し、2次創作などについても全面的に認めてしまったのだ。
「右の頬を叩かれたら左の頬を差し出せ」とはキリストの教えだが、イエス・キリストにも先見の明があったものだ。
オリジナルのデータを提供するまでなら、まあ、そこまで特別な事ではないだろう。
ぷりんてぃんの真髄は、「フリーキャラクター」としてキャラクターの意匠を開放したことにある。

ぷりんてぃんのフリーキャラクター規約はGPLに近い。
一部引用すると
『「オープン素材」とは、誰もが自由に、無償で使用することができる素材です。誰もが自由に、特別な条件や資格なしに、転載、改変、再配布、そしてその「オープン素材」を使用した更なる二次創作、三次創作、四次創作を行なうことができます。
これは創作物の種類には関わりません。フリー・キャラクターを使用した一枚の画像(CG)であっても、FLASHアニメであっても、ゲームであっても、コミックであっても、その他、それ以外のものであっても同様です。
フリー・キャラクターであるぷりんてぃんやミーちゃんを使用して二次創作を行なった際には、その創作物はすべて完成した時点で「オープン素材」となります。いかなる場合でも、そのことを前提に公開しなくてはなりません。無償で提供されたキャラクターや素材を使用して製作した新たな創作物を、ふたたび同じように他の多くの人々に無償で公開する、ということです。』
ということなのだ。
この「フリーキャラクター」という概念の持つ破壊力は限りなく大きい。
(つづく)

関連サイト
愛の妖精ぷりんてぃん: http://www.takamagahara.com/printin/
GPL:http://www.gnu.org/licenses/gpl.ja.html
GPLの邦訳(非公式):http://www.opensource.jp/gpl/gpl.ja.html